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第119話・嵐が去ったその後で



台風がマンションの中、部屋の中、
そして脳の中にまでやって来た。
半日ほど暴れまくった後、台風は去っていったが、
すべてが元通りに戻ったとは、とてもじゃないが言い難い。
修復不可能な破壊と、リセット困難な危機的状況。
アームレストが折れたリクライニングチェアに深く腰掛け、
埃と、ウィルスと、悪意で満ちた空気を胸いっぱいに吸い込む。

天井から吊るされた鳥籠の中で、骨だけになったカナリアが、
聴こえるか聴こえないかの小さな声で、禁酒法時代に流行した、
題名の分からないラブソングを歌い続けている。

土砂崩れを起こし、書棚の前で山を築くペーパーバック。
お気に入りだったチャック・レイニーのLPレコードは、
ジャケットから飛び出し、壁から落下したアンティークな
鳩時計の直撃を受け、食べ散らかしたピザのように、
無残にも割れてしまっていた。

ガラスの割れた窓から吹き込んだ雨が、
床の上を水浸しにしてしまった。
以前、シャワーの故障で、バスルームから
水が溢れ出した事を思い出させる惨状だ。

部屋の中で、2頭のモンシロチョウが、
鬼ごっこをしているかのように飛び回っている。

剥がれ落ちたポスターが、かつてあった場所には、
女の顔のようなドス黒い染みが広がっている。
30年も前に解散しているロックバンドのポスターは、
その真下で皺くちゃになっていた。

台風が脳内を荒らしまくる直前、誰かがこの部屋を
訪ねてきたような気がするが、思い出せない。
思い出せないということは、重要な人物ではなく、
用件も取るに足らないものだったのだろう。

リクライニングチェアから一歩も動かず、
右手に握り締めたリボルバーの銃口を額に当てた。
99からカウントを始め、0になったところで
躊躇わずにトリガーを引く。

弾は出ない。
当然だ、モデルガンなのだから。
死ぬ理由もないし、死への欲求もない。

脳内の台風も、そろそろおさまってきたようだ。

ゆっくりと立ち上がり、光の射す窓の方へ歩み寄る。

割れたガラスの向こう側には、嵐が去った後の
穏やかな街並が広がっている。

少しだけ身を乗り出すと、部屋の中とは違う、
日常の空気を感じることが出来た。

青い空からは、少しだけ控えめな陽射しが降り注ぐ。

生きていることの、ささやかな実感。

玄関のドアが開く。
誰かが部屋に入ってくる。
私の両足は、摑まれ、持ち上げられ、
窓の外へ押しやられた。

私の身体は、しばしの間、宙を泳ぎ、
そしてアスファルトに叩きつけられた。
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by osarudon1 | 2004-10-13 17:54