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第165話・叔父と姪の事件簿 後編1(再録シリーズ・6)

叔父と姪の事件簿 前編2

「これは、いったい何なんだ、那子?」

「何って、叔父さん、読めばわかるでしょうが。推理小説よ」

「いや、推理小説なのかなあとは思ったけど」

「わかってるじゃない」

「これがどうしたんだ? 那子が書いたのか?」

「当然」

那子は昔から、唐突に意味不明な行動に出る女の子だったが、
今度はいきなり推理小説を書いたという。

「だからなんでこんなものを書いたんだ? しかも途中で終わってるし」

「これは前編。私の担当はここまで」

「ここまで、って。続きは」

那子はニヤッと笑って私を指差した。

「後半担当は叔父さん。よろしくね。寿司がかかってんだからね!」

「はぁぁぁ?」

さっぱり事情がわからない私に、那子が説明をしてくれた。
なにやら「上清水賞」とかいう推理小説の賞に応募するつもりのようだ。
参加資格がタッグチームであり、前半と後半を分け合って執筆する、
ということになっているらしく、私の了解を得る前に、さっさと
那子は前半部を書き上げてしまったらしい。

優勝チームは寿司をごちそうしてもらえる、というところには、
少し心が動かないでもなかったが、いかんせん推理小説はおろか、
小説なんか生まれてこのかた、一度も書いたことがない。
那子だって小説を書く趣味があったとは思えないが、この前半部を
読んだ限りでは、彼女が書く気になったのもわからなくはない。

「小説ったってさ、これ、ほとんど実話じゃないか」

「そう。去年、叔父さんと一緒に旅行した、清香島で起こった事件だよ」

「ネタが浮かばず、実体験を引っ張り出してきたわけか」

「失礼なっ! 推理小説向きの出来事だったから書いてみようと思ったんだよ」

「でも、その後半部をこっちに書けというんだろう?」

「私が1人で仕上げたらタッグにならないでしょ」

「そういうことじゃなくて。だって、あの事件、実際に体験したとおりの
真相というか結末というか、そのまま書いたら推理小説にならないぞ。
謎解きもトリックもへったくれも何もなかったんだから。後半部でそんな
オチがついていたら、読んだ人は怒るんじゃないか?」

「だからっ! 後半部は叔父さんが脚色して、推理小説っぽい結末に
持ってってよ」

「無理」

「なんでよ? 推理小説とか読んだことあるでしょ? こんだけ本格っぽい
前半部になってるんだから、うまく話をまとめればOKだって」

「まとめるのが、無理」

「そんな情けないこと言ってるから大学も留年するんだよ!」

那子の毒舌は年々、殺傷能力を増してきている。

「いや、確かに前半部を読んだ限りでは、推理小説として魅力的な謎が
満載って感じだけどね。・・・でもなあ。真相を知ってるからなあ。その
真相じゃない、推理小説的真相なんて書けるかなあ」

「私が書けたんだから、叔父さんにも書ける! いや、書きなさい!」

那子が書いたのは実話だろ、日記みたいなものだろ、と言ってやりたかった。
が、そんな事を言ったら火に油を注ぐだけだ。

こうなると、私が首を縦に振るまで那子は帰らない。

「わかったよ。じゃあ、那子も一緒に考えてくれ」

「よろしい。それでこそ叔父さんよ」

前半部で書かれている事柄に、事件を解決する手掛かりがある。
というか、なければ推理小説としてダメダメだ。
まずはそのあたりを検証しなければならない。

「ポケットから落としてしまった接着剤。これが重要だよな」

「実際の結末でも接着剤は重要だったじゃない?」

「まあ、ね。接着剤をトリックに使った、という話にするべきかな」

「それは採用。で、犯人は誰にしたらいいと思う?」

「意外な犯人、っていうのがいいんだろうけど・・・でも、なあ。
登場人物が・・・」

「私と叔父さんの他は、菊田玉次郎さんと君島克己さん・・・だけだよね」

「じゃあ、那子が犯人」

「おぃ。中学生の美少女が犯人っていうのもウケそうだけど、却下」

「冗談だよ。どう話を持っていっても無理がある」

「叔父さんだって犯人役は難しそうだよ」

「ああ。で、菊田さんが被害者なんだから・・・君島さんしかいない」

「いないよね」

「時々、菊田さんにどやされる、って言ってたから、それを恨みに思って、
というのが動機にもなる」

「克己さんが犯人でいいんじゃない? っていうか、それしかない」

「読者の9割、いや10割に見抜かれるわかりやすい犯人だな」

「いいよ、その代わりにトリックで勝負すれば。寿司、狙えるよ」

「トリックか・・・。接着剤を使ったトリック・・・やっぱり、バラバラの
死体をくっつけるために、君島さんが拾った接着剤を使った、っていう」

「どの段階で? あ、そうか。食堂だ!」

「そうだな。地下の座敷牢からの帰りに、食堂で見かけた菊田さんの後ろ姿。
毛布を耳元まで掛けていたから、後頭部しか見えなかった。あの時、既に」

「菊田さんの首は切断されていた、ということにするのね! いい感じ」

「こっちの目を誤魔化すために、一時的に接着剤で首を付けておいた。
そしてあの時点でまだ菊田さんが生きているように装ったんだね」

「なんか、推理小説っぽくなってきたよ」

「で、君島さんが、『シーッ』ってやったのも、菊田さんを起こさないように、
とこちらに思わせておいて、その実、死体に近付かれるのを避けようとした」

「やっぱり克己さんが犯人だ!」

「君島犯行説で話をでっち上げてるんだから当然だろう。で、その後。
誰もいなくなったのを見計らって、君島さんは菊田さんの死体をもう一度、
バラバラにして地下の座敷牢に運んだ。そして、第一発見者を装って、
呼びに来たんだな。『大変です!』とか叫びながら。しらじらしいなあ」 

「なぜバラバラにしたのかな?」

「地下へ運ぶのに、運びやすかったからじゃないか? それに、バラバラなら
バッグにでも入れて何回かに分けて運べる。死体を背負ってじゃあ、途中で
誰かに見られたらオシマイだからね」

「鉄格子の隙間からも、座敷牢の中へ放り込むのが簡単だしね」

「どんどん話がまとまっていくじゃないか」

「でもね、ちょっと気になるところがあるのね、私」

「なんだ、那子?」

「まず、食堂での接着剤を使った偽装工作。その時点で菊田さんが、
生きているって私たちに思わせるというトリック」

「なにか、まずいか?」

「犯人の克己さんは、なんでそんな小細工をしたんだろ?」

「まあ・・・犯行時間を誤魔化して自分のアリバイを作るため、とか?」

「それ、意味無くない? だって、私たちと一緒にいた時間以外は、
克己さんのアリバイって、無いようなものでしょ? 食堂での出来事より
犯行が前でも後でも、そこのアリバイが無かったらダメじゃないの。
よく考えれば、あの時点で菊田さんが生きているような工作をしても、
それは克己さんのアリバイ証明には全く役立っていないわよ」

「うぐっ」

「だいたい、登場人物が4人だけって、ホテルにはコックさんとかいろいろ
他にも従業員の人たちがいるはずじゃない? その人たちに容疑が全く
かからないというのは不自然。それに克己さんの犯行シーンや、死体を切断
しているシーン、運んでいるシーンが従業員の人たちに目撃される可能性も
十分あったわけでしょ。あまりにリスクが高くて、杜撰な犯行だと思うよ」

「うぐっ」

「鉄格子の内側のバラバラ死体っていうのも、密室っぽい感じだけど、パーツを
隙間から投げ入れられるし、菊田さんしか鍵を持っていないといっても、
座敷牢の鍵は外側から開けられるんだから、そもそも扉を開いて死体を中に
運べばいいじゃん?」

「うぐっ」

「で、凶器はもしかして食堂に飾ってあった宝刀? 現場は食堂なの?
そこで克己さんは宝刀で菊田さんの体をバラバラに? ・・・さぞかし、
血の後始末が大変だったでしょうね」

「いや、現場は座敷牢ってのはどうだ? 死体を発見したとき、噎せ返るような
血の匂いがしたんだろ? つまり座敷牢は血まみれだった。そこが犯行現場なら
辻褄が合うだろう」

「残念ながら合いません。私たちが座敷牢を見に行った時、そんな血なんて
無かった。その帰りに食堂で生きているように見せかけた菊田さんを目撃した。
つまり、その時点で首は切断された後だったんだから。ね? ダメでしょ?」

「・・・えー、早い話が・・・」

「やっぱり叔父さんには荷が重かったかなぁ・・・」

人にものを頼んでおいて、その言い草はなんだろうか。
兄に言って、もう少し那子の躾に気を配ってもらおうか。

しかし、このままでは叔父としての威厳は風前の灯だ。

「那子。後編は責任をもって仕上げるよ」

「え? だって叔父さん・・・」

「あの時に体験したこと、そのままを書けばいいんだ。前半がほとんど、
実話なんだから、後半もそれでいい」

「真相そのままじゃ推理小説にならない、って言ったじゃない」

「それを逆手に取る。推理小説だと思って読み進めてきた人には、ある意味、
意外極まりないオチになるはずだ。これだ。意外性。これしかない。寿司に
ありつくための、最後の手段。意外なオチ。この一点に賭けようじゃないか!」

「・・・叔父さん。優勝できなかったら、叔父さんが寿司を奢ってね」

「おう。ついでにディズニーランドも連れてってやるよ!」

・・・勢いで、いらぬ約束をしてしまった。

叔父と姪の事件簿 後編2
に続く
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by osarudon1 | 2005-09-09 17:49