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第166話・叔父と姪の事件簿 後編2(再録シリーズ・7)

叔父と姪の事件簿 後編1からの続きです。



以下は、私が那子から引き継いで書き上げた小説の後半部である。
那子が書いた部分同様に、すべて実際の体験をそのまま書いた。

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この金木犀の匂いは、兄に私専用の接着剤を作ってもらうにあたり、
私が子供の頃から大好きだった匂いを加えてもらったものだった。
なにしろ、四六時中、自分の腕から匂ってくるのだ。シンナーのような
刺激臭ではたまったものではない。

私に少し遅れて、那子も君島さんと一緒に地下に降りてきた。

「何があったの?・・・う、うわっ!!」

那子が気絶でもしないかと心配だったが、それは杞憂に終わった。

「す、すごいね、これは!」

気丈なのはいいが、若い女性として問題があると思う。

「ほ、本土の警察に連絡しましょうか?」

君島さんの声は、まだ上ずっていた。

その時だった。

座敷牢の中から、声が聞こえた。

「慌てるな、君島。私は死んでなんかいない」

私と那子と君島は、一斉に牢の中を見た。

「生きてるから大丈夫だ。それより何とかしてくれ、この体を」

生首がしゃべっていた。

ホラーというより、滑稽な光景だ。

「私は生きているが、見ての通り大変な状況だ。ああ、お客様にこんな
お恥ずかしい姿をお見せしてしまって、申し訳ありません」

どうやら、菊田さんの生首は、本当に生きているようだった。

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翌日、とりあえず「元の」姿に戻った菊田さんが、昨夜の出来事を
私たちに説明してくれた。

「全く持ってすみませんでした。お客様の持ち物を盗むなんて、この
菊田玉次郎、我ながら魔がさしたとしか申し上げられません」

「盗んだ、っていうのは私の接着剤ですか?」

「はい。盗んだと申しましても、お客様がポケットから落とされたものを
拾って、少し使わせていただこうと思ったわけなんですが。いや、それも
盗んだことには変わりありませんです」

「なぜ私の接着剤を?」

「特殊なものだからです。私も長年、こういう体と付き合っておりますので、
同じような状況の方にお会いすると、すぐにわかるのです。お客様は、
失礼ながら義手でございますね?」

その通りだ。
小学生の時に自動車事故で片腕を失って以来、ずっと。

「あ、それで俺が地下でペットボトルを渡そうと投げたとき、うまく
受け取れなかったんですね?」

「こら、君島、失礼だぞ!」

「気にしてませんから、お構いなく」

私専用に兄が開発してくれた接着剤は、金属の義手と、生身の肉体組織を、
自然になじむようにくっつけるものだった。
無理やり例えれば、入れ歯安定剤のポリデントのようなもの。
ガッチリと接続してしまうと、こまめなメンテナンスをするのが面倒で、
取り外しが簡単、かつ日常はズレにくい、というのが義手接着剤の
必須条件だ。

菊田さんは話を続けた。

「だから、お客様が落とされた接着剤を見たとたんに、用途がわかりました。
実は、私もその類の接着剤にお世話になっている身なのですが、買い置きが
切れてしまっていたのですよ。次に本土へ出かけたときにでも仕入れるつもり
だったのですが、ちょうど2~3日前からあちこちズレできまして、これは
困ったなあと気になっていたのです。なので、つい、お客様のものを・・・」

「あの~、すいません・・・」と那子が口を挟む。「菊田さんも義手、
なんですか?」

「はっはっは。義手ですよ。両腕とも。いえ、それどころか、首から上以外は、
全部機械です。胴も足もね」

つまり、事件のあらましはこうだった。

頭部だけが生身で、他の部分は全て機械という菊田さんは、接着剤を切らして
いたため、最近、各パーツがズレてくるという悩みを持っていた。
たまたま私が落とした接着剤を手に入れたため、一時しのぎにそれを使って
乗り切ろうとしたのだ。

「食堂でズレた体を付け直そうとしている時に、君島とみなさんが地下から
戻ってこられて・・・見られちゃまずいと思いまして、あの時には体を毛布で
隠して寝たふりをしていたんです。そして、みなさんがお部屋に帰られた後で、
あらためて体の各部を接着剤でくっつけ直したのです」

「それが、なぜ、座敷牢でバラバラに?」

「どうやら君島がみなさんを座敷牢に案内したらしいことは気づきましたので。
あそこは私の一族にとって忘れることのできない過去を象徴している大切な場所
ですから、一応、念のために様子を見に行ったのですよ。ところが、牢の中に
入ったとたんに・・・」

「体がバラバラになってしまったんですね?」

「その通りです」

「無理もない。私の接着剤は、私専用に兄が開発してくれたものです。私の
皮膚細胞組織に最も適する配合なので、誰の体でもうまく使えるとは限らない。
個人差がありますから、なじまずにすぐ剥がれてしまったんでしょう」

「私も接着剤は病院で診断の上、処方してもらうのに、その危険性に全く
思い当たらなかったとは大馬鹿者ですね。言い訳にもなりませんが、それほど
切羽詰った状況だったんです」

「ずいぶんと出血もされたようですが、大丈夫ですか?」

「ああ、それは大丈夫です。人工心臓で作られた、人工血液なんですが、
体がバラバラに崩れ落ちたせいで、ちょっと破損して外に漏れたのです。
もともと生身の人間よりも少ない血液で活動できますし、破損も自分で
昨夜のうちにすぐ直せましたよ」

これが、事件のほぼ全貌である。

が、ついでに菊田さんが座敷牢にまつわる過去を話してくれたので、
それも付記しておこう。

菊田さんの一族は、何百年も昔から、何人かに1人の割合で、原因不明の
難病に冒されてしまうらしい。それは、突然体中の組織が腐りはじめ、
やがては死に至るという病気とのことだった。
かつてはその奇病にかかった者を忌み嫌い、ここ清香島に「島流し」し、
死亡するまで座敷牢に閉じ込めていたそうだ。
菊田さんも子供の時分にその病にかかったのだが、大昔とは違い、
腐った部分は機械で代用できる時代になった。
それで菊田さんは、あのような体なのである。

「徳川の財宝だの何だのって、そんな人が羨むような話じゃありません。
なんのことはない、病人を差別して隔離していただけですよ。まあ、宝といえば
食堂の宝刀。あれは値打ちがあるかもしれませんがね。でもあの宝刀とて、
座敷牢で苦しむ病人を、ひと思いに楽にさせてやるためのものだった、なんて
いう話も伝わっています。・・・どれもこれも、昔のことですからね、今じゃ
信じられないような馬鹿げた話ですが」

清香島の伝説について、菊田さんの口が重かった理由もわかる。

「あのぅ、菊田さん、もう1つだけ聞いていいですか?」

神妙な顔をして話を聞いていた那子が、おずおずと尋ねた。

「この島に着いて、菊田さんにホテルまで案内してもらった時に感じたんですが、
私、事前に地図でホテルの場所を頭の中に叩き込んでいたんですよ。だけど、
実際に歩いてみると、ホテル前の坂までの距離が、地図で見たよりもずいぶんと
長いように思えるんですよ」

「地図というのは、インターネットか何かで?」

「ええ、そうです」

「ははは、わかりました。その地図で那子さんが確認したホテルの場所は、
ここじゃありません」

「は?」

「地図に掲載されているのは、当ホテルの新館です。こんなレトロなホテルでは
なく、すべてがフルオートメーション化された最新設備のホテルですよ。この
旧館は、みなさまのような特別なお客様だけをお招きしておりまして、一般には
開放されておりません。ですから、ここ50年くらいの間に作られた地図には、
新館の方しか掲載されておりませんです」

「納得いたしましたー」

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というわけで、後半部も実話をそのまま書くことでやっと完成をみた。

「どうだ、那子? これならなんとかなるだろう?」

「う~ん、どうかなあ。やっぱり本格推理小説ではないような気が」

「だいたいさ、推理小説なんていうもの自体が前世紀の遺物だろ?
今どき、そんなもの書くやつも読むやつもいないと思うけどね」

「それを前世紀から意固地なまでに貫いてきたのが上清水賞らしいのよ」

「本格推理最後の砦、ってわけか? まあ、いいや。寿司が食えるかどうかは、
神のみぞ知る、だ」


こうして、那子と私の合作による、
第2136回上清水賞参加作品が出来上がったのだった。





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by osarudon1 | 2005-09-09 17:51