第173話・E la nave va

この船に乗っている老若男女は、全員が、
ただひとつの目的のために、集っていた。

そう、目的とは一人の男を殺害することだった。

男に多額の借金があり、その暴利に苦しめられている青年。

男から日ごろ、罵詈雑言を浴びせかけられている若者。

男に弱みを握られ、レイプ同然に関係を迫られた女。そして、その恋人。

それらは、男に対する恨みつらみの、ほんの一部。
船上の数十人が抱える憎しみの重さで、船が沈みそうなほどだ。

そして今、全員の標的であるメガネをかけた男が、
石榴のように割れた後頭部をこちらに向け、うつぶせに倒れている。

直接手を下したのが誰であるかなど、この際、関係ない。

我々全員の意思のもとに、裁きの鉄槌は下されたのだ。

誰もが何も言わずに黙りこくっている。
船が港に帰りつくまでに、死体をなんとか処理しなければならないのだが、
誰ひとり、身じろぎもせずに立ち尽くしている。
この船は、もうどの港へも帰り着かないのかもしれない。

レインボーブリッジの下をくぐり抜けるとき、
別の船とすれ違った。

すれ違いざまに垣間見えたその船内では、
なにやら若い男が風船を使って曲芸を披露していたり、
小さな子供たちがはしゃぎまわっていた。

楽しそうな船上パーティーだ。

それに比べて、この船の空気は、なんと暗く重いのだろう。
我々のパーティーは、なんと陰惨で辛いのだろう。

そして船は行く。

漆黒の闇の彼方へと。
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by osarudon1 | 2005-10-11 14:58