第181話・君の心のシルバーシート

地下鉄を降り、改札を抜け、地上へ出る階段を上る。

上る途中で目に付いたのは、地元の警察署が貼った、
犯罪防止標語のポスター。
そこにはこう書かれていた。

「帰り道 あなたのうしろに ひったくり犯人」

俺のうしろに、ひったくり犯人がいるというのか?!

思わず、俺は階段を上る足を止め、振り返った。

すると、そこには腰の曲がった老婆がひとり。
小さな体には不釣合いなほど大きなボストンバッグを抱え、
難儀そうに、一段一段、ゆっくりと階段を上ってくる。

もしや、この老婆がひったくり犯人?
あのボストンバッグは、誰かからひったくった物?

常識では考えられないが、老婆だからといって気は抜けない。
しかし、重そうな荷物を持った老婆を見かけたら、
せめて階段を上りきるまで、その荷物を持ってあげるのが
人としてのマナーであり、優しさだ。

俺は、逡巡した。
老婆を助けてやりたい。
かといって、もしそのボストンバッグが盗んだものであるならば、
俺が手伝うという行為は犯罪幇助になってしまう。
どうすべきか???



すると、そのうしろから階段を上ってきた若者が、
「あ、おばあさん、大変でしょう。荷物持ってあげますよ」
と救いの手を差し伸べた。

俺はホッとした半面、すぐに若者のように行動に移さなかったことを、
少しだけ恥じ入った。
あんな老婆がひったくり犯人のわけないじゃないか。

「まあ、ご親切にありがとうございます」
老婆はしわだらけの顔をさらにしわくちゃにして、微笑んだ。
「どういたしまして。困ったときはお互いさまですよ」
若者は、言葉遣いも礼儀正しく、老婆のボストンバッグを
自分の小脇に抱えた。
そして、一目散に階段を駆け上り、バッグを持ったまま、
あっという間に雑踏の中へと消えていった。
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by osarudon1 | 2005-11-03 13:12