第44話・抗えぬ殺しの誘惑

動機。
それは以前、事件の真相解明にとって
極めて重要な要素だった。
だが、今では動機の究明など、
ほとんど意味を持たなくなっている。

「……なぜ殺してしまったのか、自分でもわかりません。
 気が付いたら、彼女の首を絞めていたんです。
 僕らの間にトラブルなんて何一つなかったし、
 あの時も、恨みや憎しみ、怒りなんている感情は
 抱かなかったように思います。ねえ、刑事さん?
 どうして僕は彼女を殺したんでしょうか?」

「……なぜ殺してしまったのか、自分でもわかりません。
 ふと我に返ってみると、奴の胸に包丁が刺さっていました。
 もちろん、私がやったことなんですが、
 奴を殺しても、何のメリットもない。
 殺さなきゃならない理由なんて、心当たりがないんです。
 奴は親友でした。ねえ、刑事さん?
 どうして私は奴を殺したんでしょうか?」

最近は、こんな殺人者ばかりである。
動機がない。
殺す理由がない。
本人にもわからない。
「太陽が黄色かったからだ」なんていう文学かぶれもいない。

それでも殺人は繰り返される。
もはや、動機の解明は不可能に等しい。
解明されるべきモノ自体が存在していないのだから。

「……なぜ触ってしまったのか、自分でもわかりません。
 気が付いたら、満員電車の中で、
 隣りの女性の尻をなで回していたんです。
 痴漢なんて男のクズだ、と思っていた自分が、
 その行為に走ってしまうなんて、なんだか信じられません。
 突然、ムラムラっときたんですよ。ねえ、刑事さん?
 どうして俺は彼女の尻を触ったんでしょうか?」



……。
………。
…………ちょっと待て。
ムラムラ?
動機もなく、単にムラムラっときただって?





それだ!
それが動機なき殺人の正体だ!

特に性的欲求が溜まっているわけでもない男が、
いきなりムラムラして痴漢行為に走る。
それは、女性の発するフェロモンに、
脳神経を支配されてしまったに違いない。

つまり、殺人も同じ。
殺される側の人間が、いってみれば
〝私を殺してフェロモン〟のようなものを
全身から発散していたのだ。


ついに動機なき殺人の本質をつかむことができた。

しかし、この説を公に発表することは、
被害者遺族の方々の心中を察すると、非常に憚られる。
また、痴漢の原因は女性側にある、などと言ったら、
総スカンを食らうことも間違いない。
下手をすれば人権問題である。
小説ならいいのかなあ?
このネタ、高く買ってくれる作家はいないかなあ?








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by osarudon1 | 2004-06-26 11:56